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【留学レポート】フォート・ルイス大学(吉川真央)2015年3月

こんにちは、吉川です。
今月は冬季休暇中の旅行の様子を長編でお届けします。
今回の一人旅は、出発の1ヶ月前から準備を始め、10日程の旅程を立てました。交通手段はアメリカ全土に
散らばる主要都市を繋ぐ長距離列車、アムトラックです。上限が決められた乗車回数の範囲内で利用できる低価な周遊券、レイルパスを購入し、区間ごとの乗車チケットは電話予約にて確保します。
目的地は、シカゴ、ボストン、マンハッタン、ワシントンD.C.の4都市。大晦日にはマンハッタンに到着する予定から逆算し、クリスマスの25日、旅の出発点となるアムトラックの発着駅、グランドジャンクションを目指して早朝にデュランゴを発ちました。赤い線で示しているのがアムトラックの路線。各赤丸が出発、終着点のコロラド、グランドジャンクションを含む目的地です。これに沿って私の旅も左から右に進み、ボストンから南下します。
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約6時間、吹雪の中のバス移動を経てグランドジャンクションに到着した翌日、まずはシカゴを目指し巨大なアムトラックの車両に乗り込みます。シカゴまでの所要時間、26時間、その悠長さに相応しい驚くべき低速でロッキー山脈を越えます。ただ、今回も車窓からの景色が楽しませてくれました。
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イリノイ州、シカゴに到着したのは翌日27日の3時過ぎ。駅を出ると、そこは高層ビルに四方を囲まれたシカゴの中心街でした。宿泊予定のホステルを探して歩き回っていると、すぐに日も暮れてしまったので、一軒だけライブハウスに立ち寄り、シカゴの夜を過ごしました。
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翌日はボストンへの移動日。夜の列車を予約していたので、出発までの時間を利用して、シカゴの「芸術」を楽しみました。まずはアメリカ三大美術館の一つとされる、「シカゴ美術館」に、ミシガン湖のすぐ側を散歩しつつ向かいます。
予定していた時間内で全作品を見ることはとてもできず、最後は有名な展示品を走り移動を以てとりあえず一通り見終える、という状態になるほど、その広大な館内と、膨大な所蔵数には圧倒されました。大半の展示品は写真撮影が許可されていたので、躊躇なく撮影していたのですが、作品の展示に浮かぶ、芸術に対する意識の、日本と欧米との違いを見れたように思いました。
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シカゴ美術館を後にして、次はシカゴ交響楽団のシンフォニーホールで行われたニューイヤーコンサートに参加しました。年末年始になじみ深い、ワルツやポルカの生演奏は新しい年を迎える気持ちを自然と高揚させるような華やかさに満ちていました。コンサートが終わったのは、シカゴを出発する数時間前。今度はボストンへ、約一日掛けての移動です。夜9時、クリスマスの風景が残るシカゴを後にしました。

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ひたすら本を読むか、眠るか、単調に揺れ続ける列車にも飽きてきたころに、やっとボストンサウスステーションに到着。29日夜の9時でした。駅の外壁に掲示してあったユニクロの大きな
広告に驚きつつ、ホステルにチェックイン。翌日の大学巡りに備えます。写真12写真13
30日。この日はハーバード大学とマサチューセッツ工科大学に向かいました。両大学とも、地下鉄の同じ路線上に位置し、アムトラックの発着駅であるサウスステーションから簡単にアクセスすることができます。地下鉄を降りて、改札を出ると既に目の前にはハーバード大学の敷地全体が拡がっていたのですが、広すぎて、自分の居場所さえ分からないほどでした。
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キャンパスを歩くと、校舎一つ一つが世界有数の大学と称されるに相応しい歴史を纏い、各々が威厳をも醸し出しているかのような、敷地全体に漂う厳かな空気を感じることができます。キャンパスの一角に、大学の創設者とされるジョン・ハーバードの銅像があります。向かって右側、つま先の変色が見えるでしょうか。実は、「つま先に触ると幸運が訪れる」という言い伝えがあり、この日も観光客が列を成して触っていました。もちろん私も触りました。
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ハーバード大学からサウスステーションへの帰路上にマサチューセッツ工科大学があります。この、政府関連の建物を思わせる象徴的な講堂には一般人も入ることが出来たので、入館し様々な学部のキャンパスを巡りながら、建物の至る所にちりばめられた、あそびを見ることが出来ました。

教員や学生しか入れない、進入禁止のエリアに、堂々と入ってしまっていたことに気付いたのは翌日、ボストンからマンハッタンに向かう電車の中でしたが、独特の学びの現場を目の当たりにできたことに大満足しつつ、朝の陽ざしの温かさを帯びるマンハッタンには、大晦日の朝、10時ごろに到着しました。この日マンハッタン、タイムズスクエアでは新年に向けてのカウントダウンセレモニーが予定されており、歩道は午前中から多くの人で混雑していました。
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この日、マンハッタンのホテルはどこも高額だったため宿泊は諦め、翌日ワシントンDCへ向かう電車がペンステーションを発つ7時ごろまで島内を、主にセントラルパーク以南を歩き回りました。
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夕方には警察がタイムズスクエアをバリケードで閉鎖し、いよいよカウントダウンへの興奮も高まっていました。ペンステーションにて仮眠を取り、起きると年を越すまで残り30分。すぐに外に出て可能な限りタイムズスクエアに近付きました。
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集まった人々は待ちきれないとばかりに奇声をあげ、鳴り物を力任せに叩くなどして、興奮も既に最高潮に達していました。いつの間にかカウントダウンが始まり、その時を向かえた瞬間、周辺では大量の花火が打ち上げられ、見知らぬ人同士であってもハグし合うような、特別な、夢のある時間に居合わせることが出来ました。

とは言っても5分も経つと、そこに集まった100万ともいわれる人々が我先にと帰路を急ぐので数分前の空気はすぐに霧散してしまいました。私も人ごみに飲まれそうになりながら、マンハッタン島最後の目的地に向かいます。その道中、道端に溢れるごみの側でマイナスを記録した寒空の下、施しを乞うホームレスの多さと、彼らの表情が、こういった特別な日故に、この社会の不思議さを殊更強調しているように見えて感傷的にならざるをえなかったのもこの旅の特別な思い出です。
この大学で、社会学の授業を履修していると色々なタイミングで話題となるのが「9.11」ですが、14年前のことであるにも関わらず学生たちの当日の記憶はとても鮮明です。それだけあの事件の衝撃はこの平和な田舎町にも爪痕を遺すほど、強烈だったのだろうと想像します。

島の南端に位置する跡地に建設された、ワンワールドトレードセンターは昨年の11月に開業したばかりで、その大きさ故にとりあえず南を目指して歩くと必ず目に入ります。9.11を象徴するモニュメントや広告が無ければ、単に整備の行き届いた都市の一角のように見えてしまうほど、事件の悲惨なイメージを彷彿させる媒体は払拭されていました。

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丸一日歩き続けた後、ペンステーションで仮眠を取り、2015年1月1日、6時頃、最後の目的地となるワシントンD.C.へ向けマンハッタンを発ちました。朝焼けの中、黒く浮かび上がるワンワールドトレードセンターが印象的でした。ワシントンD.C. ユニオンステーションに着いたのは、同日10時過ぎ、大国の首都に相応しい荘厳な駅舎を出て、中心部へ向かいます。

駅から20分ほど歩くと早速、国会議事堂が見えますが残念ながらドームの工事中でした。ホワイトハウスや、リンカーンモニュメント、ワシントン記念塔など、おなじみの巨大な建造物の存在感はその重厚さと相まって、ただ観ているだけでも体力を吸い取られている様な力強さを感じました。また角度や時間帯によって各々の見え方も様々で、それは美しくもありました。
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自分が立っているこの場所が、アメリカ歴代大統領の就任式会場となり、ベトナム戦争に反対した10万人の群衆によって占拠され、キング牧師の「I have a dream」に耳を傾ける20万人もの人々によって埋め尽くされていたことを想像すると、自らも歴史の流れを継ぐ支流の一滴であることが再認識できるような、不思議な場所でもありました。気付くと、前日から40時間以上も、仮眠だけで歩き続けていました。携帯の万歩計はマンハッタンの夜と合計で5万歩を記録しており、旅の興奮に任せて30キロ程も歩いていたようです。国会議事堂がライトアップされ、電話のバッテリーが切れてしまったのを合図に、ホステルに戻り旅行先での最後の夜を早目の就寝で終えました。
この後、アムトラックの車内で過ごした丸2日を経て、私の10日間の旅はようやく終わります。総移動距離、7550km。想像をはるかに超える、学びの多い旅となりました。

 


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