post

【留学レポート】 王立プノンペン大学 外国語学部国際関係学科3年 M.K 2020年1月

王立プノンペン大学に交換留学生として派遣されている、国際関係学科三年のKMです。今回は、カンボジアのバッタンバンという場所で体験した田舎暮らしについて書いていこうと思います。

毎年11月の初旬ごろは、水祭りという大きなお祭りがカンボジア国内で開催されるため、この大型連休中にアンコールワットのあるシェムリアップという都市と、バッタンバンという都市に行きました。プノンペンからシェムリアップまでは、飛行機かバスで行くことができます。飛行機だと、約五十分のフライトで5000円~です。バスでは、片道5,6時間で$7~です。プノンペンからシェムリアップまでの行きのバスは、内装は日本で乗れる高速バスのような感じです。ちなみに、カンボジアにはまだ高速道路がないのですが、バスはシェムリアップまで高速道路並みにぶっ飛ばしていました。途中二回ほど休憩を取り、約7時間かかってようやくシェムリアップに到着しました。この後二日間ほどはアンコールワットなどアンコール遺跡群巡りをしたり、ナイトマーケット観光をしました。今回は、シェムリアップに行った後にバッタンバンという都市に行ったので、シェムリアップからバッタンバンまで追加で三時間ほどかかりました。シェムリアップからバッタンバンへ向かうバスは、約$8ほどで、途中ミニバンのような車に乗り換えて、バッタンバンの田舎町へ向かいました。私が住んでいるプノンペンや、有名な観光地であるシェムリアップとは違い、田舎では電気、ガス、水道が簡単には手に入りません。電気は個人で引くので、ある程度お金のある家庭は電気を使うことができます。ガスではなく、薪で火をおこします。水道は田舎には届いていないので、お金のある家庭は井戸を掘って水を使用します。お金のない家庭は、井戸水はひけないので近くにある川や湖などで食器を洗ったり、飲料水として利用したり、お風呂やトイレまで同じ水で済ませるようです。私が今回お邪魔したご家庭は、子供たちが技能実習生として日本などで出稼ぎをしているため、田舎にしては裕福で電気も井戸水も引いてありました。(ガスはなく薪でしたが)。田舎では外国人はかなり希少な存在のようで、外国人を見たいという理由で町中の親戚家族や知り合いが会いにきてくれました。その日は、歓迎会とカラオケ大会(カンボジアでは、外でカラオケ大会をするのが普通の光景です)が行われました。私はクメール語がほとんど話せず、田舎では英語が通じないので、ご家族や友人の方とはほとんどボディランゲージで会話をしていました。田舎では小学校に通えない子もいるので、母語であるクメール語の読み書きができない子ももちろんいましたが、小学校に通えている子たちの中には、覚えたての英語で必死に私とコミュニケーションを取ろうとしてくれる子がいて、教育、言語の大切さを身をもって感じ、この子たちには幸せになってほしいと心の底から願いました。

私がこの田舎暮らし体験で驚いたことは、主に三つあります。一つ目は、トイレとお風呂に関してです。お風呂とトイレは同じ空間にあり、使う水は井戸水です。井戸水から水を引き、湯船のような場所で水をためています。トイレの形は和式便座のような感じで、井戸水を小さいバケツのようなものですくって、流します。お風呂も同じく、小さい桶のようなもので井戸水を使います。カンボジアは一年中夏なので、冷たい井戸水でも温度は平気です。井戸水を使ってトイレやお風呂をしたことが一度もなかったので、初めは衝撃を受けていましたが、井戸は曾祖母の家にあったので、少しなつかしさも感じました。

二つ目は、家の中です。外装はペンキなどでとてもきれいに見えましたが、中はかなり質素なものでした。居住スペースは二階で、トイレは外にしかありません。また、窓はありますが格子のようなものがついているだけで、窓ガラスはついていませんでした。またカンボジアは電気の多くを輸入に頼っているので、電気代が高く、エアコンなどの電化製品は田舎ではもちろん出回っていません。どんなに暑い夜でも、扇風機で過ごすそうです。(木)私が普段住んでいるアパートには、エアコンはありますが、使用すると電気代が高くなるためあまり使用していません。)

三つ目は、貧困格差です。私がお邪魔した比較的裕福な家庭よりももっと貧困状態にある家庭は、もはや外壁はない屋根だけの小屋のような家でした。建物の中にキャンプ場で使うようなテントが張ってあり、(その中で寝るようです)外には番犬にも食糧にもなる犬が飼われていました。もちろんお風呂やトイレはなく、近くの水源で済ませているようでした。都会と田舎の貧困格差はすさまじいですが、田舎の中でもかなりの格差があるように感じました。

貴重な田舎暮らしを体験して、まるで60年前の日本にタイムスリップしたような感覚に陥りました。(もちろん、私は60年前の日本を実際に体験したことはありませんが)私は生まれてからずっと現代的な世界でしか生活したことがなかったので、物がない世界で暮らしてみると、最低限のものでも人間は暮らしていけると身をもって知りました。ただ、格差のせいで選択肢が限られていたり、教育を受けるといった基本的な権利を満たせないのは、改善されるべきです。自らの選択で最低限の生活をするのはいいですが、最低限の生活しか送れないのは不公平な世界だと思います。お邪魔したのはたった二日間だけでしたが、一生忘れられないような経験を得られました。日本で生活していたら気が付けない発見もたくさんありました。この経験をどう自分の人生に生かすか、よく考えようと思う二日間になりました。

最後に、バッタンバンからプノンペンに帰る夜行バスは、正直地獄でした。バッタンバンはタイの国境にあるので、タイから輸入物(果物や野菜)もバスに詰められていて、足の踏み場もない状態で約七時間の長い夜を過ごしました。二度と国境近くの夜行バスには乗らないと誓いました。

今回も最後まで見ていただき、ありがとうございました。次回は、プノンペンにあるイオンについてお話ししようと思います。お楽しみに。

1

カテゴリー: 2019秋, 新着情報, 王立プノンペン大学, 留学レポート
{z[
カテゴリー