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【留学レポート】 フォート・ルイス大学 上村 景子(2016年1月)

皆さん、こんにちは。新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。国際関係学科3年の上村景子です。いかがお過ごしでしょうか。今月の留学レポートは私が担当させていただきます。約3週間の冬休みが終わり、春学期に突入しました。時間が経つのがとても早いと痛感しています。さて、今回は居住と週末の過ごし方についてお話してみようと思います。 フォート・ルイス大学には住む場所として寮とアパートの2つの異なるタイプがあり、私は寮に住んでいます。留学前に自分がどこに住みたいのかを第三希望まで選ぶことができ、それによって大学側が決めるという流れになっています。 こちらの建物はCooperと言い、私が現在住んでいる寮になります。寮は部屋の間取りや金額が全く異なる7つのタイプがあります。 こちらは寮のラウンジです。ここで、寮全体のミーティングが行われ、また友達とお話や映画を見たりしています。 寮にはRAというリーダがいて、様々なイベントを催してくれます。ハロウィーンの時期には各部屋対抗のデコレーションコンテストがありました。そのときの写真です。 部屋は2人部屋になっています。少し散らかっていてすみません…。悪く言えば、プライベートが全くないのですが、良く言えばルームメイトとの距離がとても近い!仲良くなれます!!ここが寮に住むメリットだと私は思います。 次に休みの過ごし方についてお話します。週末はスキーやスノーボード、スケートといった冬のスポ―ツを楽しむことが多いです。(実際のところ、それ以外にすることがないのです…) 12月は課題やテスト勉強等に追われる日々だったので束の間の休息として外に出かけていました。もちろん勉強が第一優先ではありますね。いや、それにしても寒い!大雪になると学校が休校になることもあるようです。冬休み中は腰当たりまで降りました。北九州だとまず経験できないです。 以上で今月のレポートを終わります。質問や気になることがありましたらFB等で連絡して下されば喜んで答えますのでよろしくお願いします。最後まで読んで下さりありがとうございました。
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【留学レポート】フォート・ルイス大学      松原央巴(2015年12月)

こんにちは。フォートルイス大学に留学中の松原央巴と申します。今回は、フォートルイス大学の授業と、アメリカの大型連休であるサンクスギビングについてレポートさせていただきます。 北九大では一般に1学期間で10科目くらい講義を受けますが、アメリカの大学では1学期間で平均3~4個ほどの講義数です。私も初めは「なんだ、こんなに少ないのか。意外といけるかも」などと考えていたのですが、その講義の1つ1つがかなり濃密なのです。教授が生徒に対し、ただ淡々と講義を進めていくのではなく、生徒一人一人がその講義を作り上げていきます。生徒はお構いなしに教授に質問したり、反論したり、自分の言いたい事を自分の言いたい時に発言したりします。初めの内は講義に全くついていけず、自分の力不足に不安や憤りを感じました。3か月が経ち、今では授業内で交わされるジョークに笑ったり、教授からの唐突な質問に答えたりできるようになり、小さいながらも自分の成長を感じております。1つの講義につき1週間に2~3回の授業があります。 例えば、私がとっている講義は 心理学入門 70分 週3回 ネイティブアメリカン文学 70分 週3回 国際経済 120分 週2回 吹奏楽 90分(私は1曲のみの参加なので30分) 週2回 ピアノ個人レッスン 60分 週1回 ピアノ団体クラス 60分 週1回 と、このようになっております。毎日それぞれの講義で宿題やオンラインのテスト課題などが出され、試行錯誤しながらも日々励んでいます。 上記のように、私は音楽関係の授業を多くとっております。こちらの授業は勉強科目以外への力の入れ方が素晴らしいです。大学内にコンサートホールがあり、授業であるのに定期的にコンサートを行います。副教科の力の入り方には大変驚かされました。 座学だけでなく、音楽や体育、美術の副専攻の講義も選んでみてはと思います。それぞれの分野でかなり深く学べることができますよ。 アメリカには11月の後半に“サンクスギビング(感謝祭)ブレイク”と呼ばれる1週間ほどの休暇があります。ほとんどの生徒が帰省し、家族と共に過ごします。サンクスギビング当日はターキー(七面鳥)を食べることで有名です。1620年11月、メイフラワー号でやってきた清教徒たちにアメリカインディアン(先住民)が農業や新地で生きる方法を教えたことに対しての感謝の意味を表す行事なのですが、最近では“レイジーサンクスギビング”といって日本のお正月のようにダラダラ過ごすことが多い様です。 私はナバホ族というインディアンの友達の実家に連れて行ってもらい、彼らの飼育している犬、猫、羊、鶏と戯れたり、馬に乗せてもらってちょっとした遠乗りをしたり、ナバホ族の音楽を演奏してもらったり、かなり貴重な体験をさせていただきました。 フォートルイス大学があるコロラド州、隣接しているニューメキシコ州、アリゾナ州はアメリカ先住民が住んでいた土地なので、インディアン文化に興味がある方は学ぶことがたくさんあると思います。ぜひ参考にしていただければ幸いです。ご一読ありがとうございました。  
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【留学レポート】フォートルイス大学 高橋拓矩 (2015年11月)

こんにちは。北九州市立大学外国語学部国際関係学科三年の高橋拓矩(たかはしたくのり)です。私は現在、アメリカのコロラド州デュランゴにあるフォートルイス大学に在学中です。ここでの私の生活について紹介したいものがたくさんありますが、今回は休日の過ごし方というものをピックアップしてみようと思います。   デュランゴには壮大な自然があります。ここに住む人たちはその自然を最大限に利用して休日を楽しみます。一番ポピュラーなのはハイキングです。ハイキングというとかなり楽なイメージがありますが、アメリカのハイキングは想像以上に過酷です。というのも、日本でする登山と比べて、こちらの山は標高が高いからです。しかし、がんばって登り続けるとそこには見たこともないような美しい景色が広がっています。下の写真は、Ice Lakeというところにハイキングをしに行った際に撮ったものです。ここにたどり着くまでには3~4時間かかりましたが、疲れも吹っ飛ぶほどの美しい景色でした。     また、アメリカには様々なイベントがあります。10月には隣のニューメキシコ州のアルバカーキであったバルーンフェスタに行ってきました。これは世界各国の企業や個人が気球をとばすお祭です。日本でも同じようなイベントがありますが、アルバカーキのバルーンフェスタは世界最大規模らしいです。たくさんのユニークな気球が飛ぶ光景はとても美しく、感動するものでした。     最近は寒くなり、山は雪がふっています。そのため、ハイキングなどが簡単にできなくなってきました。でも、先日は車で山をのぼり、雪が山を覆う景色も見てきました。11月からはスキーやスノーボードもできるようになってくるので新たな休日の過ごし方ができるとわくわくしています。     留学中はこうして遊びに行くことも大事な勉強の一つだと思っています。英語だけでなく文化や自然を体験することも留学の大事な要素の一つだからです。デュランゴは小さな街であまり便利とは言えないかもしれませんが、今まで体験したことがないような経験がたくさんできる魅力ある場所であると私は思います。
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【留学レポート】フォート・ルイス大学      (上村景子)2015年9月

はじめまして。アメリカ合衆国のコロラド州デュランゴにあるフォート・ルイス大学に留学中の上村です。こちらに到着をして早1ヵ月が経ちました。日本の大学でも授業がスタートしましたね!今回はフォート・ルイス大学での寮生活と授業、様々なサポートついて皆さんにお話しさせていただきます。 授業は多くの分野から選べます。レクチャーが中心である日本の大学とは対照的にここではディスカッションやプレゼンテーションが中心です。普段から人前で話す機会がほとんどなかった自分には大変ですが、成長できる大きなチャンスだと思っています。 そして、大学には寮の他にアパートもあるのですが、私は寮で生活をしています。部屋は2人部屋でコロラド州出身の女の子がルームメイトです。スピーキングの向上につなげたいです。 また、ここでは留学生一人一人に現地の学生がつくInternational BuddyとHost Family Programという2つのサポートがあります。バディーは私たちのお世話をしてくれます。休日にはアウトドアをしたり買い物国立公園に連れて行ってくれます。また先日、ホストファミリーが家に招待してくれ一緒にご飯を食べました。時々、教会やイベントに連れて行ってくれます。 大学内では野生の鹿やリスを見ます。たまに熊が現れるので要注意!(先々週、キャンパス内に熊が出没しました!) ホームゲームの日には無料で観戦できます。  まだまだ始まったばかりですが、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。  
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【留学レポート】フォート・ルイス大学 米澤優 (2015年6月)

 こんにちは。フォートルイス大学の米澤優です。 今回が最後の留学レポートになります。4月30日にフォートルイス大学でのすべての授業が終了しました。昨年の8月にこの大学にきて9か月間、一日一日が充実しておりあっという間に過ぎてしまいました。最初は多すぎる課題と泣きながら格闘し、言語の壁に苦しみ友達の作り方がわからず、アメリカンサイズの食事をすべて食べきることができなかったりと、辛かったこともありましたが、授業にも慣れ友達もできるようになって毎日が楽しくなりました。アメリカンフードもいまではペロリと食べきることができ、アメリカの文化にも慣れることができました。限られている留学生活を後悔しないために、自らアカペラクラブを作ったり、合唱のクラスでステージに立つなどしたいことは全部しよう!!と行動に移してきました。そのおかげで自分に自信を持つことができましたし、ちょっとしたことではくよくよ悩まなくなりました。 私はフォートルイス大学に留学し、この大学のあるDurangoという町、人が本当に大好きになりました。 そして、私は五月の間、DurangoのダウンタウンにあるDurango tourism officeというところでインターンシップをしました。 私は観光業に関係する仕事がしたいと考えており、またDurangoは観光業がさかんなので、私のしたいことにぴったりでした。このtourism officeはダウンタウンで観光客に情報を提供しているWelcome centerの中にあります。私は週2~3のペースで午前9時半から午後5時まで勤務しました。私の仕事内容は、主に広告の仕事で、Durangoのアプリにイベントページを作ったり、ウェブサイトの写真ギャラリーに写真をアップしたり、ウェブサイトのイベントの写真をデザインしたりしました。ずっとパソコンと向き合ってウェブサイトやアプリを管理している仕事でわからないこともたくさんありましたが、職場の方々が優しく教えてくださり一つ一つ仕事をこなすことができました。この広告の仕事を通じて、Durangoのことをたくさん知ることができましたしDurangoの魅力をもっと多くの人に、日本人に知ってもらいたいという気持ちになりました。 また広告の仕事以外に一度Welcome centerのフロントデスクに立たせてもらう機会がありました。観光客がきたら、職場の方がどのようにレストランを紹介したり、Durangoでどのようなことができるかなど地図を使って紹介しているのを見学させてもらいました。観光客の求めている情報だけでなく無料で楽しめるスポットや目的地までの行き方も提供されていました。ここでのインターンシップは私の将来にとても影響をもたらしましたし、もっとツーリズムについて勉強したいと思いました。職場の方々にもとても助かったよと言っていただき嬉しかったですし、またDurangoを訪ねたいと思いました。     これは私が作ったイベントページの写真をデザインしたものです。   これはウェブサイトの写真ギャラリーにDurangoの写真を載せて編集したときのページです。山の写真や、有名な汽車の写真が多いです。     この写真は職場の方々と一緒に写真を撮らせていただいたときの写真です。皆さんとても優しくいつも助けていただきました。   大好きなフォートルイス大学、Durangoの街を去るのはとても悲しく、また友達とお別れをするのは辛かったですが、たくさんの自然に囲まれてのびのびと留学生活を楽しむことができました。私の留学を助けてくれた両親、友達、先生、国際交流センターの方々に感謝しています。ありがとうございました。
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【留学レポート】フォート・ルイス大学     (吉川 真央)2015年5月

レポート、プレゼンテーション、テスト、等に追われたテスト期間をなんとか乗り越え、約一年間の留学を終えました。まずは大きな事故、事件等に巻き込まれずに終えることができて安心しています。  昨年8月にロサンゼルス空港にてアメリカに入国した時の風景を思い出しましたが、あの時感じた独特な高揚感と緊張感が再び湧き上がることはなく、「アメリカの感じ」に慣れている自分自身を感じました。 留学生活は出国前に想像していたほど楽し気なものではありませんでした。喋れないために伝えられないストレス、友人との仲が深められないもどかしさ、授業中に理解が追いつかず、自分だけが取り残されているような孤独と焦り。試行錯誤の繰り返しで一進一退し、それだけでこの期間が過ぎていったような印象です。 ただそれは挑戦と工夫の日々でもありました。海外での生活は母国では考えなかったようなこと、もしくは考えるきっかけさえもなかったようなことに多く遭遇し、その度に自分自身の意識を更新していたように思います。私の場合そのプロセスには必ず大小、何らかの壁がありましたが、それを乗り越える課程で、日本とは異なるもう一つのスタンダードが自分の中に吸収されたことは、今後必ず私の人生を豊かにしてくれるものだと思うことが出来ます。 今月中旬には北九州に戻り、日本での学生生活を再開します。その時に自分が何を感じるか、今から楽しみです。  
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【留学レポート】フォート・ルイス大学 中原 亮(2015年5月)

こんにちは。Fort Lewis Collegeにて留学中の中原です。今回の留学レポートで私から配信する留学レポートは最後となりました。春学期は4月いっぱいで終了し、現在は友だちの家に滞在しながら最後のDurango 生活をみんなでわいわいしながら楽しんでいます。今回は少しこの留学生活を(1人)インタビュー形式で振り返ってみようと思います。   -この留学生活で一番楽しかったことは。 えーっと、1つというとなかなか選びきれないのですが、やはり春休みを利用していったメキシコでのミッショントリップは貴重な体験だったと思います。 日本ともアメリカとも違う第三世界といわれる地で、1週間ほど学校建設を手伝い子どもたちと触れ合えたことは私のこれまでの世界観を大きく変えることとなりました。そして、秋から毎週通った日本語教室もとても楽しい場所でした。生徒たちはみなやる気に溢れていて教える立場としてもとても気持ちよく一緒に楽しみながら学習でき、私たちも逆にいろいろなことを教えてもらいました。日本語教室で出会った生徒たちは間違いなくここで出会った一番の友人たちだと思います。       -では逆に一番辛かったことは。 やはり、言語の壁は一番大きいと思います。もっと話したい、伝えたいということは山ほどあるのに言葉が出てこないせいで話すのを諦めてしまうということも今までも多くありましたし、まあ前よりは減りましたが今でももちろんあります。それに加えて、アメリカ人との思考の過程の違いというものも大変感じました。現地の友だちと仲良くにつれて、なんで?ということも多くありましたし、やはり文化の壁を越えてお互いを理解しあうというのは早々容易いものではないのだなあと今となっては感じるものです。   -ここでの留学の経験は自分をどのように変化させましたか。 私は、自分の今後の目標を考え、将来実践していく上での多くのヒントや手助けをここDurangoの町でたくさんの人々から頂いたような気がします。 もう20歳を過ぎ、これからはただ何かを与えられるだけではなく、社会にそして自分の属する集団に何を与えられるのかということを考える段階を迎えました。私は海外に実際に出てみて、世界には様々な理由で十分なレベルの生活が送れない人々を自分の目で見てきました。そして、さらに日本でもそういった人々は大勢います。私は将来そういった人々を自分にできる形で助けたいと思っています。しかし、このようなことを言っていても、まだまだ自分の未熟さ故になかなかうまくゆかず歯がゆい思いを感じる部分も多くあります。けれども、何か行動を起こさない限り物事も何も変わりません。逆にどれだけ小さなアクションでも一歩何かを踏み出せばそれで世界は大きく変わるポテンシャルを秘めているのではないか、と考えます。 そういった可能性を見出してくれたのがこの留学生活であったと今ではそのように感じています。     -では最後に、今後Fort Lewis Collegeに留学する学生のみなさんに一言メッセージを宜しくお願いいたします。 私から今一言何かを言うとするなら、「何事にも怖れず自分の興味や関心に任せてどんどん新たなことにチャレンジしていってほしい」ということでしょうか。 やはり始めのうちは失敗を恐れどうしてもビビり腰でおそるおそる行動を起こしがちです。しかし、留学というのはどんどん失敗を重ねて、新しい経験を積んでいく場所だと個人的には思います。みんなそれぞれ留学にかける思いというのは人それぞれだとは思いますが、どんどん外に飛び出して新たな何かを見つけることができればそれはきっと意味のある留学になるのではないかと思います。 その中でDurangoという町あるいはFort Lewis Collegeという大学は非常に興味深い場所だと思います。キャンパスにはネイティブアメリカンの学生が多くいます。そしてあらゆるところに自然が溢れ、生命の活気がみなぎっています。一歩町へ出ればそこには決してNYのような賑わいはないけれどそれはそれでどこかそれ以上の人々の活力を感じることができます。ロードトリップをするにしてもそれほど遠くはない距離で目を見張る観光スポットがとても多くあります。このようにアメリカの他の地では決して見られないような面白い魅力がとても多くあります。今後の世代の学生もきっと私たち以上に留学生活を満喫できることを願っています。   以上で、私からの留学レポートは以上になります。およそ8ヶ月に渡る留学生活を終え、今となっては日本に久々に帰れる嬉しさもありつつも、やはりここで出会った友人との別れをとても悲しく感じます。本当に貴重な体験をさせて頂き、これまで私の留学を支えてくれた家族、友人、職員の方々には本当に感謝しています。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。今後はしばらく休暇を取った後また北九大の方に復帰を致します。また今度はそちらで直接お話ができればと思います。 これまでどうもありがとうございました。
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【留学レポート】フォート・ルイス大学 吉川真央(2015年4月)

こんにちは。吉川です。帰国までのカウントダウンが 現実味を帯びる数字になるのと同時に、周辺の山に 降り積もった雪は溶け、芝生が色づき始めました。 日差しも強まり、半袖でも十分な春らしい陽気の日が続きます。         今回はこれまで紹介していなかったデュランゴの町並みを、地図に沿いながら写真と一緒に紹介し、より具体的にお伝えします。 普段ダウンタウンまではバスを利用しますが、天気の良い週末などは、地図上の赤い線で示した道を歩いて 町を散策しています。今回紹介するレストランなどは、キャンパスから1時間もあれば十分歩ける距離に位置します。以下、地図の番号に沿って10のスポットを歩きます。                       青い点が示すキャンパスのアパートを出発し、歩き始めて約10分、①の地点からはデュランゴの町を囲む山々を眺めることが出来ます。季節ごとに変わる山の表情はいつ見てもため息が出るほどの美しさです。          木立の続く開放的な住宅街を通り抜け、十字路を右折すると②の地点でカフェを見付けることが出来ます。“Durango JOES”はその名の通り、この町オリジナルのコーヒーチェーン。スターバックスと同じような価格でコーヒーを楽しめます。                                                                                                                        そのまま道を直進すると、歩道にまで拡がるピザの香り。 “Home Slice Pizza”③はこの町にあるピザレストランの中でも人気店の1つです。外観は雑然としていますが、焼き立ての巨大なピザが店内のショーケースに並びます。分厚く大きな生地を埋め尽くさんばかりのペパロニ。2枚で満腹になります。             デュランゴの食のバリエーションは非常に豊富です。数メートルの範囲に数か国の味がひしめき合い、日本食も例外ではありません。アメリカンピザを楽しめるHome Slice Pizzaの数ブロック先、④では、日本人の職人が寿司を握る“Sushitarian”が、日本食を好む現地の人々で賑わいます。                   
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【留学レポート】フォート・ルイス大学(中原 亮)2015年3月

いよいよ留学生活終了まであと一月と少しとなった中原です。最近は本当に忙しい日々を送っています。その中でもつい先日、日本人留学生で一から企画しJapanese Festivalというイベントを開きました。それについて今回は紹介したいと思います。   まずそもそものきっかけは日本人留学生同士の会話で何か日本文化を紹介するイベントを開きたいという話をしていたことでした。それが1月の後半。そこから実際にミーティングを重ねていき少しずつイベントは現実味を帯びてきました。2月に入ってからは毎週ミーティングに加え、それぞれのパートの準備にと常に忙しくしていました。ラストの週末は毎晩朝3時くらいまでみんなで集まりポスターを作ったりプレゼンテーションの練習に取り組んだりしました。今となってはとても良い思い出です。そして、ソーラン節も踊ることに決め、みんなで練習に励みました。   (写真1)   では次にそのイベントで何を私たちがしたかを紹介しようと思います。簡単にまとめると以下のようになります。 ・ワークショップセクション 折り紙、習字、茶道、着物(試着体験)   ・ステージセクション ソーラン節、アカペラ、留学体験談インタビュー、日本文化紹介コメディー劇、震災紹介プレゼンテーション   ・日本食提供 おにぎり、たこ焼き、カレー、チョコバナナ   (写真2) (写真3)   私は、インタビューと震災紹介を担当しました。そして、同じくFLCに来ている米澤はアカペラをステージで披露しました。   (写真4)   当日の様子は写真を見てもお分かりの通りとても大盛況でした。予想以上のお客さんに来てもらい、ソーラン節やコメディー劇は特に大盛況でした。翌日のDurangoの新聞記事でも大きく取り上げられ、インターネットではショートムービーも作っていただきました(見てみたい方はこちらをどうぞ。http://www.durangoherald.com/article/20150316/NEWS01/150319647)。   (写真5)   本当に今回のイベントはこの留学の中でも一番の思い出になると思います。そして、多くの方々から絶賛のコメントを頂き本当に嬉しい限りでした。私にとって個人的に文化交流というのは非常に重要なテーマであって、今回のイベントで改めて文化交流の重要性を認識しました。文化交流は未知のものに対して関心をもって寛容に受け入れようとする姿勢を養うことができると信じています。それは他人との交流というミクロのレベルから、外国に関しての興味を持つという意味でのマクロなレベルまで最終的には繋がっていくと思います。そしてそれはやがて世界平和にまで貢献するのではないでしょうか。最近は小学校を訪れて日本文化を紹介する機会もあり、そうしたことも非常に意味があることだと確信しています。今後も様々な形でこのような活動を続けていきたいと思います。   (写真6)   来月でこのセメスターも終了しこの留学生活も終わりをしようとしています。という訳で、来月はこの留学生活を自分なりに振り返ってみようと思います。北九大の皆さんは今春休み中だと思います。楽しい春休みをお過ごしください。   (写真7)    
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【留学レポート】フォート・ルイス大学(吉川真央)2015年3月

こんにちは、吉川です。今月は冬季休暇中の旅行の様子を長編でお届けします。今回の一人旅は、出発の1ヶ月前から準備を始め、10日程の旅程を立てました。交通手段はアメリカ全土に散らばる主要都市を繋ぐ長距離列車、アムトラックです。上限が決められた乗車回数の範囲内で利用できる低価な周遊券、レイルパスを購入し、区間ごとの乗車チケットは電話予約にて確保します。目的地は、シカゴ、ボストン、マンハッタン、ワシントンD.C.の4都市。大晦日にはマンハッタンに到着する予定から逆算し、クリスマスの25日、旅の出発点となるアムトラックの発着駅、グランドジャンクションを目指して早朝にデュランゴを発ちました。赤い線で示しているのがアムトラックの路線。各赤丸が出発、終着点のコロラド、グランドジャンクションを含む目的地です。これに沿って私の旅も左から右に進み、ボストンから南下します。約6時間、吹雪の中のバス移動を経てグランドジャンクションに到着した翌日、まずはシカゴを目指し巨大なアムトラックの車両に乗り込みます。シカゴまでの所要時間、26時間、その悠長さに相応しい驚くべき低速でロッキー山脈を越えます。ただ、今回も車窓からの景色が楽しませてくれました。 イリノイ州、シカゴに到着したのは翌日27日の3時過ぎ。駅を出ると、そこは高層ビルに四方を囲まれたシカゴの中心街でした。宿泊予定のホステルを探して歩き回っていると、すぐに日も暮れてしまったので、一軒だけライブハウスに立ち寄り、シカゴの夜を過ごしました。翌日はボストンへの移動日。夜の列車を予約していたので、出発までの時間を利用して、シカゴの「芸術」を楽しみました。まずはアメリカ三大美術館の一つとされる、「シカゴ美術館」に、ミシガン湖のすぐ側を散歩しつつ向かいます。予定していた時間内で全作品を見ることはとてもできず、最後は有名な展示品を走り移動を以てとりあえず一通り見終える、という状態になるほど、その広大な館内と、膨大な所蔵数には圧倒されました。大半の展示品は写真撮影が許可されていたので、躊躇なく撮影していたのですが、作品の展示に浮かぶ、芸術に対する意識の、日本と欧米との違いを見れたように思いました。 シカゴ美術館を後にして、次はシカゴ交響楽団のシンフォニーホールで行われたニューイヤーコンサートに参加しました。年末年始になじみ深い、ワルツやポルカの生演奏は新しい年を迎える気持ちを自然と高揚させるような華やかさに満ちていました。コンサートが終わったのは、シカゴを出発する数時間前。今度はボストンへ、約一日掛けての移動です。夜9時、クリスマスの風景が残るシカゴを後にしました。 ひたすら本を読むか、眠るか、単調に揺れ続ける列車にも飽きてきたころに、やっとボストンサウスステーションに到着。29日夜の9時でした。駅の外壁に掲示してあったユニクロの大きな広告に驚きつつ、ホステルにチェックイン。翌日の大学巡りに備えます。30日。この日はハーバード大学とマサチューセッツ工科大学に向かいました。両大学とも、地下鉄の同じ路線上に位置し、アムトラックの発着駅であるサウスステーションから簡単にアクセスすることができます。地下鉄を降りて、改札を出ると既に目の前にはハーバード大学の敷地全体が拡がっていたのですが、広すぎて、自分の居場所さえ分からないほどでした。 キャンパスを歩くと、校舎一つ一つが世界有数の大学と称されるに相応しい歴史を纏い、各々が威厳をも醸し出しているかのような、敷地全体に漂う厳かな空気を感じることができます。キャンパスの一角に、大学の創設者とされるジョン・ハーバードの銅像があります。向かって右側、つま先の変色が見えるでしょうか。実は、「つま先に触ると幸運が訪れる」という言い伝えがあり、この日も観光客が列を成して触っていました。もちろん私も触りました。 ハーバード大学からサウスステーションへの帰路上にマサチューセッツ工科大学があります。この、政府関連の建物を思わせる象徴的な講堂には一般人も入ることが出来たので、入館し様々な学部のキャンパスを巡りながら、建物の至る所にちりばめられた、あそびを見ることが出来ました。 教員や学生しか入れない、進入禁止のエリアに、堂々と入ってしまっていたことに気付いたのは翌日、ボストンからマンハッタンに向かう電車の中でしたが、独特の学びの現場を目の当たりにできたことに大満足しつつ、朝の陽ざしの温かさを帯びるマンハッタンには、大晦日の朝、10時ごろに到着しました。この日マンハッタン、タイムズスクエアでは新年に向けてのカウントダウンセレモニーが予定されており、歩道は午前中から多くの人で混雑していました。 この日、マンハッタンのホテルはどこも高額だったため宿泊は諦め、翌日ワシントンDCへ向かう電車がペンステーションを発つ7時ごろまで島内を、主にセントラルパーク以南を歩き回りました。 夕方には警察がタイムズスクエアをバリケードで閉鎖し、いよいよカウントダウンへの興奮も高まっていました。ペンステーションにて仮眠を取り、起きると年を越すまで残り30分。すぐに外に出て可能な限りタイムズスクエアに近付きました。集まった人々は待ちきれないとばかりに奇声をあげ、鳴り物を力任せに叩くなどして、興奮も既に最高潮に達していました。いつの間にかカウントダウンが始まり、その時を向かえた瞬間、周辺では大量の花火が打ち上げられ、見知らぬ人同士であってもハグし合うような、特別な、夢のある時間に居合わせることが出来ました。 とは言っても5分も経つと、そこに集まった100万ともいわれる人々が我先にと帰路を急ぐので数分前の空気はすぐに霧散してしまいました。私も人ごみに飲まれそうになりながら、マンハッタン島最後の目的地に向かいます。その道中、道端に溢れるごみの側でマイナスを記録した寒空の下、施しを乞うホームレスの多さと、彼らの表情が、こういった特別な日故に、この社会の不思議さを殊更強調しているように見えて感傷的にならざるをえなかったのもこの旅の特別な思い出です。この大学で、社会学の授業を履修していると色々なタイミングで話題となるのが「9.11」ですが、14年前のことであるにも関わらず学生たちの当日の記憶はとても鮮明です。それだけあの事件の衝撃はこの平和な田舎町にも爪痕を遺すほど、強烈だったのだろうと想像します。 島の南端に位置する跡地に建設された、ワンワールドトレードセンターは昨年の11月に開業したばかりで、その大きさ故にとりあえず南を目指して歩くと必ず目に入ります。9.11を象徴するモニュメントや広告が無ければ、単に整備の行き届いた都市の一角のように見えてしまうほど、事件の悲惨なイメージを彷彿させる媒体は払拭されていました。 丸一日歩き続けた後、ペンステーションで仮眠を取り、2015年1月1日、6時頃、最後の目的地となるワシントンD.C.へ向けマンハッタンを発ちました。朝焼けの中、黒く浮かび上がるワンワールドトレードセンターが印象的でした。ワシントンD.C. ユニオンステーションに着いたのは、同日10時過ぎ、大国の首都に相応しい荘厳な駅舎を出て、中心部へ向かいます。 駅から20分ほど歩くと早速、国会議事堂が見えますが残念ながらドームの工事中でした。ホワイトハウスや、リンカーンモニュメント、ワシントン記念塔など、おなじみの巨大な建造物の存在感はその重厚さと相まって、ただ観ているだけでも体力を吸い取られている様な力強さを感じました。また角度や時間帯によって各々の見え方も様々で、それは美しくもありました。 自分が立っているこの場所が、アメリカ歴代大統領の就任式会場となり、ベトナム戦争に反対した10万人の群衆によって占拠され、キング牧師の「I have a dream」に耳を傾ける20万人もの人々によって埋め尽くされていたことを想像すると、自らも歴史の流れを継ぐ支流の一滴であることが再認識できるような、不思議な場所でもありました。気付くと、前日から40時間以上も、仮眠だけで歩き続けていました。携帯の万歩計はマンハッタンの夜と合計で5万歩を記録しており、旅の興奮に任せて30キロ程も歩いていたようです。国会議事堂がライトアップされ、電話のバッテリーが切れてしまったのを合図に、ホステルに戻り旅行先での最後の夜を早目の就寝で終えました。この後、アムトラックの車内で過ごした丸2日を経て、私の10日間の旅はようやく終わります。総移動距離、7550km。想像をはるかに超える、学びの多い旅となりました。  
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